お金の使い方

お金は生きていくためには欠かせないものになりますが、
お金の使い方を考えたときにどう思うのか、人それぞれに違うのではないでしょうか?

当然、収入の範囲内でしかお金は使えませんので、収入が減れば使えるお金も減らさざるを得ませんし、収入が増えてくれば使えるお金の自由度も上がっていきます。

問題は、
収入が多いときに、お金の使い方をどうするかということだと思っています。


普通は、収入が増えてくれば、それに応じて使うお金も増えてきて、生活水準も高くなっていくことが多いのでしょう。

実際、私も東京で働いているときに、高収入の知り合いや友人などのお金の使い方を見てきましたが、みなさん、収入に応じてかなり贅沢な暮らしをされていました。

食事(食材の買い物や外食)、住まい、教育内容、自家用車、旅行など、日常的なお金の使い方から趣味・娯楽に至るまで、一般の方から見ればかなり贅沢と思われるようなお金の使い方をされている方が多かったです。


しかし、当たり前のことですが、働いて高収入のうちは、そのようなお金の使い方をしていても困ることはないと思うのですが、
誰しもいずれは仕事をリタイアして、年金生活になっていきます

そうなると、年金収入も大幅に減ってしまうことになるので、今の生活水準を維持しようと思うと、これまでの貯えを取り崩して生活していかざるを得なくなります。

しかし、
どれだけお金を持っていたとしても、使っていけばいずれは無くなってしまうわけで、その時点で年金収入の範囲内での生活水準に落とさざるを得なくなります。


例えば、毎年600万円使う生活をしていた人が、年金収入が200万円になってしまうと、毎年400万円を取り崩していくことになります。

仮に貯金が4000万円あったとしても、10年でなくなってしまいますし、1億円あったとしても20年ちょっとしか持ちませんので、日本人の平均余命を考えれば、
いずれは生活に困窮してしまうのは必至です。

特に、一旦生活水準を上げてしまうと、それを引き下げることはかなり苦しく、これまで600万円の生活水準だった人が200万円に引き下げることは、初めから200万円での生活を行っている人に比べても、かなり厳しいと思われます。

人生の最後の頃に、そのような苦しい思いをしてしまうと、これまで贅沢な暮らしで幸せだっただけに、
余計に不幸せと感じるのではないでしょうか?


このように考えると、
収入が十分にあるからと言って、生活水準を引き上げることは、将来の生活設計まで考えて判断する必要があると思うのですが、例えば、私の知り合いに将来生活シミュレーションを行っているかどうかと聞いてみると、ほとんどの人はやっていないと答えますし、特に男性は何とかなると、あまり根拠のない返事をする人が多いです(^^;

『(将来生活シミュレーション)本当に必要な生命保険その1』

『(将来生活シミュレーション続き)本当に必要な生命保険その2』


もう一つ大切なことは、
こどもにお金の使い方やお金の価値を教えるためにどうするかということだと思っています。


私は、親御さんがこどもに対して行っていかなければいけないことは、
こどもが親から自立して自分の力で生きていける力を育んであげることだと思っています。

『生きていく力を育むには』

『生きていく力を育むには(続き)』


その際に、
こどもに正しい金銭感覚を身につけてあげることはとても大切だと思っています。

『生きていく力を育むには(最終)』


親がどれだけ収入があったとしても、こどもはいずれは自立して、自分で働いて収入を得て生活をしていかなければなりません。

その際に、
小さな頃から贅沢な暮らしをして育ってきていると、自分の収入で暮らしていくことはかなり難しくなるでしょう。

その結果、社会人になっても、実家で暮らし続けていて、これまでの生活水準を維持しようとしている人も増えてきています。

実家にはいくらかお金を入れていたとしても、仮に自分が独立して、実家での住居費・食費などの生活費と同水準のものを支出しようとしても、そのお金では不可能でしょう。

従って、そのような生活をしていれば、
いつまで経っても、親から自立・独立できないことになります。


最終的に、
こどもが親から自立して、自分の力で生きていける力を育むためには、こどもに正しい金銭感覚を身につけてあげられるように、
家庭の生活水準を考えたり、こどもにお金の使い方を教えてあげたりすることが大切だと思っています。

高収入のご家庭でも、贅沢な暮らしをせずに、例えば、車も軽自動車に乗ったり、スーパーなどでも特売で買ったりする生活をされている方もいらっしゃいます。

それは、決して、ケチだとか言うことではなく、こどもへの教育や自分たちの将来の生活などを考えたときに、素晴らしいお金の使い方をされているのだと思っています。


普段は、慎ましい生活をしながらも、たまに少し贅沢なお金の使い方をすることで、こどもにも、お金のありがたみが分かってくるのだと思っていますし、そのような暮らしが何よりも幸せではないかと思っています。

お金は生きていくために最低限必要なものですが、だからと言って、お金はあればあるほど本当に幸せになるのでしょうか?

必要以上のお金は、自分でお金を使っているつもりでも、
お金に使われてしまっている自分がいる
のではないかと思っています。

その刹那的な楽しみや快楽にマヒしてしまい、自分もお子さんも含めたご家族も、
何気ない日常を暮らしていく本当の幸せを忘れてしまっているのではないでしょうか?


だからこそ、お金があっても、慎ましい生活をされている方は、本当にお金の使い方やお金の価値が分かっている素晴らしい方だと思っています。

何よりも、こどもたちには、
自分の好きなことで、他人のために一生懸命に働いて、その対価としてお金を得て暮らしていく、正しい金銭感覚と生き方を育んでいってあげたいと思っています。


みなさんは、お金の使い方、どのようにお考えですか?


お金の価値

『教育問題』

『ブログ「優しく生きたい」【総合目次】』

テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

勉強すること

何のために勉強するのか、その答えは人それぞれだと思います。

私も、この歳になって大学に通い始めて、知り合いなどからは、
「良く勉強するよね」と言われることもよくあります。


でも、
勉強とは学校で学ぶことが勉強なのでしょうか

「学校を卒業したらもう勉強は終わった。」と言う方もいます。

また、親になってこどもに「勉強しなさい」と言うときに、
「学生は勉強しないといけないけど、お母さん(お父さん)は、大人になったから、もう勉強しなくても良いんだよ。」と言う人もいます。


私は、勉強とは、
① 自分が興味を持ったことや好きなことを、
② より知りたい、知識を得たいと思って、
③ それによって自分で考えて、
④ 新たな発見や気づきが生まれ、
⑤ それを自分や他人のために役立させる

ことだと思っています(^^)

勉強のスタートは、
興味のあること・好きなことです。

これは、学校だけではなく、
生まれたときから勉強は始まっていると思っています。


赤ちゃんが、生まれて初めて見るものに興味を持って、自分で見たり、触ったり、舐めたりしながら、学んでいくこと、
まさに勉強そのものですよね。

少し成長して、男の子だったら、電車や車などに興味を持って、大人がびっくりするほど、すらすらと、色々な電車などの名前を憶えていくこと、これも、
自分が興味を持って好きだからですよね。


それは、遊びではないか、と仰る人もいるかもしれませんが、私は
遊びと勉強の本質的な違いはないと思っています。

どちらも、
好きなことを学んで、自分で考えて、新たな発見をして、次の段階に進んでいき、それを繰り返すという意味においては全く同じですよね。


しかし、就学前に、自分の興味のあることで、楽しく遊んでいたこどもも、学校に行くようになると、親から、
「遊んでいないで、勉強しなさい」と言われてしまうようになります(^^;

このように言われると、こどもは、勉強と遊びは違って、
勉強とは楽しくないもので、遊びが楽しいものだ、と思うようになってしまいます(>_<)

このような
楽しくもない勉強が好きになることはあり得ませんよね(>_<)



私は、幸いなことに、親から勉強しろと言われたことは一度もありませんでした(^^)

学校の勉強も、小学校の頃は、自分が好きなことしかやっていなかったような気がします(^^;

私が好きだったのは、
国語での読書の時間と、
算数の文章題をやることで、ただ覚えるだけの、漢字の書き取りや、意味もなく計算ばかりやることなどは大っ嫌いでした。

読書しながら、見たこともない世界を考えること
文章題を考えながら解いて、もっと良い解き方を考えること
それが大好きでした(^O^)/


さすがに、中学生になって、高校受験もしないといけないとなってくると、好きでなくても、暗記科目などの勉強はするようになりました。

高校生になると、自分が好きだった数学の勉強を大学で学ぶために、やむなく受験勉強を始めましたが、今考えても、
当時の勉強は好きなことをやるための手段であって、本来の勉強と言われるものではなかったと思っています(>_<)


それから、大学、社会人、現在の早期退職後の生活と過ごしてきていますが、年齢を重ねるたびに、自分の興味のあることが広がっていって、
世の中には、自分の知らないことがいくらでもあり、勉強に終わりはないと改めて実感するようになりました(^^)

それは、決して、「勉強するから偉い」とかではなく、
純粋に自分が興味があること、好きなことが広がっていくからなのです。


初めは、赤ちゃんのように、自分の身の回りのことに興味を持ち、それが分かってくれば、次に新しいことに興味を持ち、それがどんどん広がっていくということだと思っていますし、その中でも特に大切なことは、
勉強が役に立つこと、特に人のためになること、だと思っています。


勉強を自分の知識習得のために行う人もいらっしゃるでしょうし、それは人それぞれなので良いと思います。

しかし、私は、
勉強によって得られた様々な知識や考えは、人の役に立ってこそ意味があり、人の役に立ったことによる喜び、それがまた新たな勉強に繋がっていくのだと思っています(^^)

勉強のためには知識は必要ですが、それはあくまで前提であって、
知識を元に考えること、色々な点と点を繋ぎ合わせて、線にして、新たな発見を生み出すこと、それが人の役に立つことに繋がっていくのだと思っています。



藤川先生がいつも仰っている
「自分に最も必要なのは、勉強と思索。 時間が足りない、一分一秒が惜しい。」というのは、非常に良く分かります。

『医者と話をするのは愚の骨頂』


藤川先生をしても、
世の中の病気で苦しんでいる方々を助けていくには、まだまだ勉強しないといけないし、そのための残された時間は限りがあるので、無駄なことをしている時間はない、ということなのだと思います。

そのような、人の役にたつために一生懸命に勉強している方々と、知り合って、お話しできることは、とても嬉しいことですし、本当に幸せです(^^)


私の天命が何なのか、まだ漠然としているのですが、
私は私しかできないことをやって、自分も楽しくて他人の役にも立っていくことが、私の人生だと思っていますし、私の天命なのだと思っています。


自分の知らないこと、自分の知らない自分、
興味がつきることはありませんし、これからもずっと勉強は続いていきます(^^)

勉強すること


『教育問題』

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テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

子育て支援員研修終了とファミリーサポートセンター会員登録

9月から受講していた
子育て支援員研修が、この12月に実施された
ファミリー・サポート・センター事業の専門研修で終了となりました。

『子育て支援員研修』


これまでの基本研修や専門研修は、何日間かに分けて実施されていましたが、最終のファミリー・サポート・センター事業の専門研修は、9:30から17:10まで、
ほとんど休みもなく一日で終了するかなりハードな研修でした(^^;


ファミリー・サポート・センター事業は、少子高齢化や核家族化などの進行に伴い、
かつては3世代や地域でできていた助け合いが困難な状況に変わってきたため、
会員同士の相互扶助活動の仕組みとして、平成6年に創設され、順次全国に広がっていった制度です。

現在、
全国で800か所弱実施されていて、
広島県内でも18か所で実施されています。


ファミリー・サポート・事業は、援助を受けたい
依頼会員と、援助を行う
提供会員と、それらを調整する
ファミリー・サポート・センターの三者で成り立っています。
ファミサポ


実際の活動としては、
①依頼会員が、援助の申込をファミリー・サポート・センターに行い
②センターが、その援助に相応しい提供会員に依頼・調整を行い
③提供会員が、子育て支援としての援助活動を行い、
④依頼会員が、援助活動に対して報酬を支払う

という流れになります。


この提供会員として活動するためには、これまでは、各ファミリー・サポート・センター事業での研修を受講した後会員登録を行っていましたが、現在は子育て支援員研修が創設されたため、その中のファミリー・サポート・センター事業研修を受講することで対応されるようになりました。

私も、ファミリー・サポート・センター事業研修が終了しましたので、先日、
広島市のファミリー・サポート・センターに行って、
提供会員の登録を行ってきました。

『広島市ファミリー・サポート・センター』


広島市のファミリー・サポート・センター事業では、
約700人弱の提供会員が登録されていますが、
そのほとんどは子育てが終了した主婦となっており、
男性の登録は約30名弱と非常に少ない状況です(^^;

これに対して、
依頼会員からの援助依頼が年間約1万件あるとのことで、
援助依頼に対して援助提供がまだまだ不足している状況とのことです。


具体的な援助依頼としては、
■保育園や幼稚園などへのこどもの送迎
■保育園や幼稚園や放課後児童クラブ終了後のこどもの預かり

などが最も多く、それら以外にも、親御さんの様々な事情に応じてこどもを預かる内容になっています。

依頼会員は、提供会員に対して、その都度利用料を直接支払うことになりますので、提供会員は
有償ボランティア活動としての位置づけになります。

昔は、地域での助け合いだったものを、
会員同士の有償での相互援助活動とし、それらにセンターが間に入って調整する、今日的な仕組みとなっているのです。


私も無事に登録が終了しましたので、これから依頼があるかもしれませんが、地域や依頼会員によって、依頼件数には差異があるようです。

事前に、センターが仲介をし、提供会員と依頼会員とで話し合い、お互いに了解する(マッチングと言います)ことで、相互援助活動が開始されるのですが、
依頼件数が多い提供会員では、このマッチングが終了した依頼会員が何十人といらっしゃるとのことで、
ひっきりなしに、援助依頼があるとのことです。

一方、
ほとんど依頼のない方もいらっしゃって、登録してから数年間全く依頼がなかったのに、初めて依頼があったとの方もいらっしゃるとのことです(^^;


地域的には、
周辺部での依頼が多く、また
ベテランの女性会員の依頼も多いようなので、
街中に近いところに住んでいる男性会員の私にどれだけ依頼があるのかよく分かりません(笑)

しかし、
同じマンションにも子育て世代は多く、また、男性への依頼が多いと聞いている小学校の男の子などの児童クラブ終了後の預かりなどは、
近くに小学校もありますので、このファミリー・サポート・センター事業での活動を通して、
地域での子育て支援に少しでも貢献できれば良いなと思っています(^^)

また、これらの活動をきっかけにして、私が今度進めていきたい、
地域ぐるみでの総合的な子育て活動にも繋がっていければ嬉しいなとも思っているところです(^^)



『教育問題』

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テーマ : 子育て・教育
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こどもたちが見ている

私が住んでいるマンションには、約50世帯の方々がいらっしゃって、お子さんも、
小さなこどもから小学生まで多くのお子さんが住んでいます

また、近くには保育園や小学校もあり、朝の時間や夕方になると、
多くのお子さんが通園・通学をしています


マンション内では、
お会いした方にはご挨拶をしたり、地域のこどもたちの登下校の際には
「行ってらっしゃい」とか「お帰りなさい」とかの声かけもしたりしています。

私はこちらに引っ越して来てまだ1年ということもあり、全ての方々を知っているわけではないのですが、
先方は私のことをご存知だったりすることも良くあります(^^;


私は、現在、マンションの管理組合の理事長をしていたり、地域の防犯推進委員として地域行事の防犯パトロールなどをしていることもあって、
自分で思っているより、色々な方々に見られているようです。

特に、
こどもたちは、私に限らず、大人のことをよく見ています


近所や街中を歩いていたり、自転車に乗っていたりするときにでも、いつどんなときにでも、誰かに見られているかもしれない、特にこどもたちに見られていると思うと、
自然とマナーのある行動を取ろうと意識するようになりました。

例えば、マンション前の道路には、歩行者用の信号がなく、自動車用の信号しかないところもあるのですが、細い道なので、自動車用の信号が赤でも渡っている人も結構います(^^;

しかし、細い道でも意外と交通量は多く、思いがけずに車がやってくることもありますので、当たり前ですが、歩行者用の信号がなくても、自動車用の信号が青になるまでは止まるようにしています。


こどもたちは、そういう大人の行動をよく見ています

特に小さなお子さんは、
大人のことをよく観察し、それを真似ることで学習していきますので、正しい行動でも間違った行動でも、大人のやっていることを真似て身につけていきます。

それは、
家庭でも同じだと思っています。


例えば、こどもにルールを守りなさいと言っても、
親がルールを守っていなければ、子どもはどう思うのでしょうか?

親が他人の悪口や陰口を言ったり、お礼を言わなかったり、挨拶をしなかったり、約束を守らなかったりしていると、こどもはどう思うのでしょうか?

また、こどもに勉強しなさいと言っても、
親が勉強していなければ、こどもはなぜ自分だけ勉強しないといけないのかと思うのではないでしょうか?



私にはまだこどもはいませんが、これから自分のこどもができたら、こどもにあれこれしろと言うのではなく、
自分も含めて両親の姿をいつも見せてあげたいと思っています。

・いつも色々なことに興味を持って、チャレンジしている姿、
・そのために、いつも楽しく勉強している姿、
・困っている方を一生懸命に助けてあげている姿、
・自分のことより、他人のことを大切にしている姿、


それらは決して無理している姿ではなく、自然なありのままの姿としていつも行っていると、
こどもは何も言われなくても、そのような親の姿を見て育っていくのではないかと思っています。


そして、それは自分のこどもだけではなく、
同じマンションや地域のこどもたち全ても、同じように、
大人の姿を見て育っていくのではないかと思っています。


我々大人がこどもたちに、伝えていってあげられること、残してあげられること、それは
自分たちの姿そのものなのではないでしょうか?

良いことでも悪いことでも、親や大人の行動はそのままこどもたちに伝わっていきますし、大人になってもそのまま残っていきます。

そう考えたら、こどもたちに言うべきことがあったときに、
自分たち大人がそれをきちんとできているのか、当たり前のように行っているのか、まずは
自ら考えていく必要があると思っています。


こどもたちは、いつも大人の姿を見ています

こどもたちが見ている


『教育問題』

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テーマ : 子育て・教育
ジャンル : 学校・教育

暗記と計算

日本では
「頭が良い」ということは
「物知り」だと思われていることが多いと思います。

小さなこどもが、例えば、色々な電車の名前や、駅の名前などをすらすら話すことがあると、
「この子は頭が良いね」とみんなで褒めたり、

また、TVのクイズ番組などで、解答者が、普通の人が知らないような知識を披露すると、
「この人は凄く頭が良いな」と一目置いたりしますよね。


でも、私は、クイズ番組で色々な知識を問う問題が出題されて、それに答える姿を見ていても、
「これの何が楽しいのだろう」と、いつも思っています(^^;

TVの解答者だけでなく、一緒にTVを見ている人の中でも、自分は答えが分かったと言って喜んでいる人もいますが、それも
「何が嬉しいのだろうと」いつも思っています(^^;


当然、ある程度の常識的な話は知っておく必要がありますが、それ以上の知識や、それこそめったに日常で使うことのないようなレアな話は、必要なら調べれば良いわけで、
難しい話を記憶していることの重要性は全く感じません(>_<)



これは、日本の現在の教育が、
「暗記と計算」に偏重していることの弊害だと思っています。

実際、暗記と計算を極めれば、
一流大学に入って、一流会社に入社することも可能です。


私が勤めていた会社でも、いわゆる一流大学卒の人々が多くいましたが、年を追うたびに、
「暗記と計算」でここまでやってきた人が増えてきました(^^;


例えば、あるT大学卒業の人は、話をすると非常にうんちくを語るのですが、
「それでは君の意見は何?」と聞くと、何も言えなくなって、答えに窮してしまいます(>_<)


また、あるK大学卒業の人は、数学専攻だったこともあり、計算能力は非常に高いのですが、計算ミスも多く、それも、
見れば明らかに数字の桁が違うにもかかわらず、
本人は全く変だとは気がついていません(^^;

おそらく、1円間違えるのも、1億円間違えるのも、本人にすれば同じ計算ミスなのでしょうが、
計算結果が単なる数字になっていて、生きた答えになっていないのです(>_<)


当然、このような「暗記と計算」でやってきた人々は、
仕事ではほとんど役にたちません(^^;

一流大学を卒業していようが、自分で考える力を持たない人は、仕事のみならず、人生の難局も乗り越えていくことは難しいでしょうね(>_<)



いったい、どこで彼らは道を間違ってしまったのでしょうか?

私がボランティアでこどもに勉強を教えているときに、学校の宿題だと言って、計算ドリルや漢字の書き取りなどを持ってくるこどもがいますが、
「計算や書き取りなどの勉強は家でもできるので、ここではやらないよ、ここでやるのは算数の文章題だよ。」と言って、
総合学習である文章題を時間をかけてやらせます。

特に夏休みなどになると、
千本ノックかと思うくらい、
膨大な計算ドリルや漢字の書き取りが夏休みの宿題として出されていることが多いです(^^;

計算や書き取りをしていると、勉強した気になりますが、実は
頭はほとんど使っていないので、やればやるほど
考える力が育たなくなります


計算であれば、
やり方が分かり、ある程度できるようになれば十分で、実際、私は、大学で数学を専攻し、会社でもアクチュアリーという応用数学の専門職を30年間やってきましたが、未だに計算は苦手で、こどもの計算結果をチェックするときも、こっそり電卓で確認しています(笑)

しかし、それでも、会社で高度な仕事をしていたときも、何の支障もありませんでした(^^)


こどもたちが、膨大な計算や書き取りの宿題を貰ってきたときには、親御さんと話して、
「ある程度できるようになったら、後は、親御さんがやってあげてください。

その時間は、算数の文章題を時間をかけてやることで、考える力を育ててあげてください。」
とお願いするようにしています。


結局、学校や塾にしても、
暗記や計算問題を中心に教えたり、宿題を出したり、テストをする方が楽なのです。

私がやっているような、
算数の文章題を時間をかけながら個別に教えることは、考える力を育むことはできても、
教える側は大変なので、学校でも塾でも、ほとんどやろうとしないのです。

その結果、
暗記と計算に偏重した教育になり、
考える力に乏しい大人になっていってしまうのです(>_<)


国も、現在のような教育や受験制度の結果、大人になって考える力が弱くなってきていることに危機感を覚え、大学受験制度改革を検討しているようですが、どれだけのものになるのか、正直言ってあまり期待できないと思っています(^^;

大切なことは、
自分で考える力を育ててあげること、特に、
小学校までに、その力を育んでおかないと、中学校以降になると手遅れになると思っています(>_<)

逆に、自分で考える力がついたこどもは、自分で考えながら必要な勉強をしていくようになりますから、大学受験などで暗記や計算が必要になってきても、問題なく対応できるようになります。


小学校高学年のお子さんがいらっしゃる方は、これらの問題を一度やらせてみてください。

暗記や計算だけに頼らない、
考える力~読解力、想像力、論理的展開力、計算力、説明力である総合力が、お子さんにどれだけあるか分かると思いますし、それが苦手なお子さんであれば、数カ月トレーニングすることで、考える力を育ててあげることができ、自学自習もできるようになります(^^)

『自立型学習支援教材および使用方法(ブログへリンク)』


私は、子育てや教育で目指していくものは、
「生きる力を育むこと」だと思っています。

『生きていく力を育むには(ブログへリンク)』


お子さんが最終的に何を目指すべきか、
そのための間違った手段(暗記や計算の偏重教育)にならないように、自分で考える力をしっかりと育んであげてくださいね(^^)

暗記と計算


『教育問題(ブログへリンク)』

『ブログ「優しく生きたい」【総合目次】(ブログへリンク)』

テーマ : 子育て・教育
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プロフィール

山本越郎

Author:山本越郎
30年間勤務した生命保険会社を早期退職して、世の中の頑張っているけど上手くいかずに困っている方々を助けるために、教育問題と医療問題に取り組んでいます。
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